今回は「AI音声による読み上げ」でお届けします。
多少の違和感があるかもしれませんが、その分これまでより更新のペースを上げて、今後はより多くの配信をお届けできそうです。
ぜひ楽しみに待っていてください✨
オープニング
おはようございます。駒居です。
本日は、「 Vlogは「日常」を撮るな。「理想」を撮れ 」というテーマでお話をします。
それでは、いただいたご質問を読み上げます。
ご質問
Vlog系投稿における伸ばし方・共感設計について

いつもお世話になっております。
Vlog系の投稿者で伸びている方をたくさんお見かけしますが、YouTubeやInstagramなどあらゆるSNSを探してもあまりコツや伸ばし方を発信されている方はいらっしゃらないので、こちらについて取り上げていただき、勉強できると大変嬉しいです!
私個人としてはいかにリアルな流れで生活を覗き見している要素を入れられるかと強い共感がポイントかなと思っています。
よろしくお願いいたします。
回答



ご質問ありがとうございます。
この質問、めちゃくちゃ良い視点ですね。
「リアルな流れで生活を覗き見している要素」「強い共感」。
あなたがすでに、Vlogというジャンルの本質を、かなり高いレベルで掴んでいることが伝わってきます。
多くの人がVlogで失敗するのは、まさにこの逆をやってしまうからです。彼らは、ただ自分の「日常の切り貼り」を見せようとする。朝起きて、朝食を食べて、仕事に行って、帰ってきて、寝る。その映像を、いくらオシャレな音楽とエモいフィルターで加工したところで、残念ながら、他人の退屈な日常ほど、見るに耐えないものはありません。
・なぜ、伸びているVlogと、そうでないVlogが存在するのか?
・その決定的な違いは何か?
結論から申し上げます。
伸びるVlogは、「日常」を見せているのではありません。
彼らは、日常の中にある「物語」を切り取り、編集し、一本の映画のように見せているのです。
視聴者は、あなたの生活そのものを見たいわけではありません。あなたの生活を通して、感動、共感、憧れ、学びといった「感情の動き」を体験したいのです。
今日は、あなたのVlogを、ただの「記録映像」から、人の心を鷲掴みにする「短編映画」へと昇華させるための、具体的な4つの脚本術をお伝えします。
1. 「有益性」で戦うな。「世界観」で殴れ。
まず、大切な視点をお伝えします。Vlogにおいて、「情報の有益性」は主役ではありません。他のジャンル、例えば「時短レシピ」や「Excel術」であれば、画質が多少悪くても、演者の服がダサくても、情報そのものが役に立てば伸びます。なぜなら、視聴者は「情報」という対価を得られるからです。
しかし、Vlogは違います。Vlogを見る視聴者は、何かを学びたいのではありません。「その世界に浸りたい」のです。
つまり、Vlogとは「映像作品」であり、あなたは「発信者」ではなく「映画監督」でなければなりません。多くのVlog初心者が、「私のリアルな日常を見て共感してほしい」と考え、生活感あふれる映像を垂れ流して失敗します。厳しいことを言いますが、有名人でもないあなたの「ただの生活」に興味がある人はいません。洗濯物が積まれたソファ、ラベルが剥がれかけたペットボトル、整理されていないデスク…。これらは「リアル」かもしれませんが、誰も見たくない「ノイズ」です。
視聴者が見たいのは、あなたの生活そのものではなく、
「あなたの生活を通して描かれる、理想のライフスタイル」なのです。
「私もこんな風に丁寧に暮らしたい」「こんな朝を迎えてみたい」という、ある種の「憧れ」や「擬似体験」を提供できて初めて、あなたの日常はコンテンツになります。
情報の有益性で勝負できない以上、求められるのは圧倒的な「クリエイティブの質」です。画質、光の入り方、インテリアの配置、そしてあなた自身のファッション。これら全てが、計算され尽くした「舞台装置」である必要があります。「ありのまま」を履き違えてはいけません。映画のワンシーンのような、徹底的に作り込まれた「リアル」こそが、Vlogにおける正解なのです。ただし、ここで一つ勘違いしないでいただきたいのは、「世界観=キラキラした丁寧な暮らし」だけが正解ではないということです。
例えば、あなたが「無職独身・アラフィフの哀愁」というブランディングで発信するとしましょう。その場合、モデルルームのように整頓された部屋や、優雅なモーニングコーヒーは、逆に「嘘くさい」ノイズになります。むしろ、少し薄暗い照明、散らかったテーブル、コンビニの袋…。そういった「澱み」こそが、その世界観を完成させる最高の美術セットになるのです。
重要なのは、「あなたのブランディング(設定)」と「映っている映像」が、1ミリのズレもなく一致しているか。これに尽きます。「丁寧な暮らし」を謳うなら、生活感というノイズは徹底排除しなければなりません。逆に「リアルなドキュメンタリー」を謳うなら、演出された美しさは邪魔になります。
多くの人が失敗するのは、この「一貫性」がないからです。「おしゃれに見られたい」という下心で中途半端に片付けたり、逆に「共感されたい」と中途半端に生活感を出したりする。どっちつかずの映像は、誰の心にも刺さりません。あなたの部屋、あなたの服、あなたの食べているもの。その全てが、あなたの「キャラクター」を説明する言葉になっているか。意図なき汚れはただの「ゴミ」ですが、意図された汚れは「味」になります。
その違いをコントロールできて初めて、あなたは「監督」になれるのです。
- まずは「情報の有益性」を捨てる覚悟を決める。中途半端なテロップ解説などは不要。
- 自分の発信を「記録」ではなく「演出されたドラマ」と定義し直す。
- 画角の中にあるものが、自分の「世界観(設定)」に合致しているか点検し、不純なノイズを徹底的に排除する。
2. 五感をジャックする「翻訳力」を磨け。
Vlogの勝負は、「いかに画面越しに、視覚以外の感覚を伝えられるか」で決まります。
映像は本来、視覚と聴覚しか伝えられません。しかし、伸びるVlogは、画面から「香り」「温度」「手触り」までもが伝わってきます。これを私は、「五感の翻訳」と呼んでいます。質問者さんは「リアルな流れ」とおっしゃいましたが、本当のリアルは、カメラを置いただけでは写りません。
例えば、「コーヒーを飲むシーン」を撮るとします。ただスマホを置いて、自分がコーヒーを飲む姿を全身で撮る。これは「動作の記録」に過ぎず、何も伝わりません。
しかし、視点を変えてみてください。
- 注がれるお湯の「コポコポ」という繊細な音(聴覚)をマイクで拾う。
- 立ち昇る湯気が、窓からの逆光で白く輝く様子(温度・香り)をアップで捉える。
- カップを持つ指先のニットの萌え袖の質感や、カップの陶器のざらつき(触覚)を鮮明に映す。
これらを丁寧に切り取ることで、視聴者の脳内で「コーヒーの香り」や「冬の朝の暖かさ」が再生されます。
これが「世界観」の正体です。
質問者さんが目指している「強い共感」も、この「感覚の共有」があって初めて生まれます。
単に散らかった部屋を見せることがリアルなのではありません。朝の光の眩しさや、ベッドシーツの擦れる音といった、誰もが持っている「心地よい感覚的な記憶」を呼び起こすことこそが、最強の共感なのです。
光の向き、環境音、被写体の質感。これらすべてに神経を研ぎ澄ませてください。「何を撮るか」ではなく、「どう撮れば匂いが伝わるか」を常に問いかけ続けるのです。
- 次回の撮影では、あえて「顔」や「全体」ではなく、「手元」や「質感」に寄ったカットを全体の7割くらいまで増やしてみる。
- 環境音(ASMR)を意識的に録音し、BGMよりも「生活の音」を主役に据えた編集を試みる。
- 自然光が最も美しく入る時間帯(ゴールデンアワー)を知り、その時間に合わせて生活を変える。
3. あなた自身も「インテリア」の一部である。
ここからは少し耳の痛い話をします。しかし、避けては通れない真実です。Vlogにおいて、映っているあなた自身も「作品の一部」です。
「ありのままの自分」と言えば聞こえはいいですが、髪がボサボサ、部屋着がヨレヨレ、姿勢が悪い……そんな状態の主人公を見たいと思うでしょうか?映画の主人公が、どんなに貧しい設定でも魅力的に見えるのは、それが「計算された演出」だからです。Vlogにおける「リアル」とは、「視聴者がその世界観に没入できるリアル」のことです。
インテリアにこだわる人は多いですが、その空間にいる「あなた」のビジュアルにこだわっている人は驚くほど少ない。非常にもったいないことです。どれだけ世界観を作り込んでも、そこにいる人物の服装や髪型がその世界観と矛盾していれば、一瞬で「ただの現実」に引き戻され、魔法は解けてしまいます。これは「美男美女であれ」と言っているのではありません。「その世界観の住人として、ふさわしい身なりをしているか」というプロ意識の話です。
「丁寧な暮らし」なら、清潔感のある部屋着と整った髪。「哀愁漂う独身生活」なら、あえてヨレたTシャツと無造作な髪。インテリアや画角にこだわるのと同じ熱量で、自分自身の外見(ファッション、ヘアスタイル、所作)もデザインしてください。画面に映る以上、あなたは「演者」です。「家だから」「リラックスしているから」という甘えは捨ててください。その姿を見せることが、あなたのブランディングにとってプラスになるのか、マイナスになるのか。常に客観的な視点で「自分」を演出するのです。
- 撮影時は、自分のキャラクターに最も適した「衣装」に着替える。
- 自分の動画を客観的に見直し、世界観と矛盾している「ノイズ(不適切な身だしなみや所作)」がないかチェックする。
- 背筋を伸ばす、動作をゆっくりにするなど、「所作」を美しくするだけで、映像のクオリティは劇的に上がる。
4.「撮る」ために生きるな。「魅せる」ために生きろ。
最後に、Vlogを伸ばすための究極の本質をお伝えします。
「良い映像」を撮ろうとするのではなく、「良い人生」を送ってください。
Vlogは、あなたの生き様そのものがコンテンツです。カメラの性能や編集技術も大切ですが、それ以上に「被写体であるあなたの日常そのもの」が魅力的でなければ、どんなに高画質で撮っても退屈な映像にしかなりません。「Vlogのためにカフェに行く」のではなく、「自分の人生を豊かにするためにカフェに行き、そのお裾分けとして撮影する」。この順序が逆転すると、映像から「やらされている感」や「承認欲求」が透けて見え、視聴者は冷めてしまいます。
古代ローマの哲学者セネカは、「人生は短いのではない。我々がそれを浪費しているのだ」と言いました。Vlogとは、まさにこの「浪費されがちな日常」を、意識的に「味わい尽くす」ための装置であるべきです。日常の一瞬一瞬を大切にし、丁寧に暮らす。自分の感性を磨き、美しいものに触れ、心を動かす。そうした「日々の積み重ね」だけが、オーラとなって映像に滲み出ます。
テクニックは後からついてきます。まずは、あなた自身の生活を、あなた自身が心から愛し、楽しむこと。それが、結果として最強の「世界観」を作り上げるのです。
- 撮影のことを一旦忘れ、今週末は純粋に自分が「心地よい」と感じる時間を過ごす。
- 「どう撮るか」ではなく、「どう生きるか」を日記に書き出す。
- その中で心が動いた瞬間だけを、メモ代わりに切り取ってみる。
まとめ
- Vlogは「情報の有益性」ではなく「世界観」で殴る「映像作品」であると心得る。
- 世界観とは「美しさ」ではない。「ブランディング」と「映るもの」の完全な一致である。
- 視覚情報だけでなく、音や質感で「五感」に訴えかける「翻訳力」を磨く。
- あなた自身も「インテリアの一部」である。身だしなみや所作まで徹底的にデザインする。
- テクニックの前に「生き方」を磨く。自分の人生を愛することが、最強のコンテンツになる。
Vlogは、あなたの人生という物語を、世界に届ける素晴らしい表現手段です。
「記録」ではなく「作品」として、あなたの日常を最高のアートに昇華させてください。
本日は「 Vlogは「日常」を撮るな。「理想」を撮れ 」というテーマでお話ししました。
今日も、人生を変える一日にしていきましょう!✨

